John 16:21 — Compare Translations

7 translations compared side by side

Japanese (CO1955) (聖書 口語訳)
女が子を産む場合には、その時がきたというので、不安を感じる。しかし、子を産んでしまえば、もはやその苦しみをおぼえてはいない。ひとりの人がこの世に生れた、という喜びがあるためである。
Japanese (Colloquial version (1955))
女が子を産む場合には、その時がきたというので、不安を感じる。しかし、子を産んでしまえば、もはやその苦しみをおぼえてはいない。ひとりの人がこの世に生れた、という喜びがあるためである。
Japanese 1965
女が子を産むときには、その時が来たので苦しみます。しかし、子を産んでしまうと、ひとりの人が世に生まれた喜びのために、もはやその激しい苦痛を忘れてしまいます。
Japanese 1988 (Seisho Shinkyoudoyaku 聖書 新共同訳)
女は子供を産むとき、苦しむものだ。自分の時が来たからである。しかし、子供が生まれると、一人の人間が世に生まれ出た喜びのために、もはやその苦痛を思い出さない。
Japanese 2017 (バイブル: 新約聖書)
苦しんで子どもを産む母親の喜びと同じだ。今の今までの激しい苦しみは、うれしさのあまり足が地につかないほどの大きな喜びに変わり、痛みも何もかも、まるでうそのように忘れてしまうのだ。
Japanese Contemporary (リビングバイブル)
苦しんで子を産む母親の喜びと全く同じです。子どもが生まれると、それまでの激しい苦しみを忘れるほどの大きな喜びに変わるのです。
Japanese ERV (訳 ー 読みやすい聖書 ー(新約聖書))
女性が赤ちゃんを産む時、陣痛が始まり痛みを持つ。しかし、赤ちゃんが産まれると、彼女は痛みを忘れる。彼女が痛みを忘れるのは、この世界に子供が産まれたことの喜びからだ。