Mark 3:2 — Compare Translations

7 translations compared side by side

Japanese (CO1955) (聖書 口語訳)
人々はイエスを訴えようと思って、安息日にその人をいやされるかどうかをうかがっていた。
Japanese (Colloquial version (1955))
人々はイエスを訴えようと思って、安息日にその人をいやされるかどうかをうかがっていた。
Japanese 1965
彼らは、イエスが安息日にその人を直すかどうか、じっと見ていた。イエスを訴えるためであった。
Japanese 1988 (Seisho Shinkyoudoyaku 聖書 新共同訳)
人々はイエスを訴えようと思って、安息日にこの人の病気をいやされるかどうか、注目していた。
Japanese 2017 (バイブル: 新約聖書)
その場にいた何人かのパリサイ一派は、イエスをじっと見ていた。(見逃しませんよ・・・) この日は働くことが掟で禁じられている 休日サバスにもかかわらず、イエスが男の手を治すのではないかと目を光らせていたのだ―― 【 休日サバスに働けば、神の民イスラエルである同胞から追放するというのが掟にはあった。人の解釈によっていつしか命に別状ない病気やケガの手当も仕事だとするのが常識となっていた。また、この法を破れば、“刑務所行き”または、“39回のムチ打ちの刑”が科される可能性があった】
Japanese Contemporary (リビングバイブル)
その日は安息日だったので、イエスに敵対する者たちは、イエスの行動に目を光らせていました。この男の手を治しでもしたら、訴えてやろうと待ちかまえていたのです。
Japanese ERV (訳 ー 読みやすい聖書 ー(新約聖書))
イエスを訴える理由を探している人たちは、イエスの言動をしっかりと見ていた。彼らは 休日サバスにイエスが男を 癒いやすのかどうかを見逃さずに目を見開いていたのだ。