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Romans 3
Romans 3
Japanese 2017 (バイブル: 新約聖書)
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1
では、ユダヤ人であることに、どういう利点があるのだろうか? ユダヤ人の 割礼かつれいの儀式に、価値があるのだろうか?
2
もちろん! ユダヤ人であることには、多くの利点がある。まず第一に、神はユダヤ人に自分の掟を委ねた。それは、彼らに神の心を知ってもらい、それを実行させるためだった。
3
確かに、ユダヤ人の中には不義な者がいた。しかし、一部の不義な者が神との約束を破ったからといって、神も約束を破るだろうか?
4
とんでもない! たとえ世界中の人がうそつきであっても、神は違う。このことについて、聖書の詩篇にこうある。「🎼神のことばに誤りはない。だれが疑おうとも、いつも真実で正しい」―― 【聖書:詩篇51:4より引用】
5
ところが、ある人たちはこんな理屈をこねる。「私たちが過ちを犯せば、神様の正しさが際立つのだから、罰せられるなんて不公平じゃないか」
6
とんでもない! もし神が、ユダヤ人に対して平等な制裁を加えず、特別扱いをするのなら、世界を裁くのにふさわしい方とは呼べないだろう。
7
「でも、私がうそをつけば、神の真実さが際立つのだから、結果、神に称賛を集めているじゃあないか。なぜ、有罪判決なんだ?」
8
こんな理屈を突きつめていくと最終的には、「私たちが悪ければ悪いほど、神のすばらしさが際立つのだから、もっと悪さをすべきだ」ということになる。あろうことか、私たちがそのように教えていると主張している。なんとバチ当たりな!
9
それでは、私たちユダヤ人は、ほかの人たちよりすぐれているのだろうか? いいえ、そういうことではない。すでに指摘したように、ユダヤ人であろうと外国人であろうと、みな過ちを犯した罪人なのだ。
10
聖書にあるとおりだ。「🎼正しい人、1人とおらず
11
理解者、1人とおらず 忠実な人、1人とおらず
12
善人、1人としておらず すべての人が神に背を向け、価値を失った」―― 【聖書:詩篇14:1-3より引用】
13
「🎼彼らの会話は、不潔ふけつで腐っており、まるで 墓穴はかあなからもれる悪臭のごとく。うそに染まった彼らの舌」―― 【聖書:詩篇5:9より引用】 「🎼そのことば、恐ろしき毒へびのキバと毒のごとく」―― 【聖書:詩篇140:3より引用】
14
「🎼彼らの口は、のろいと苦々しいことばで満ちている」―― 【聖書:詩篇10:7より引用】
15
「自分と意見の合わない人を憎み、すぐに殺す。
16
彼らの行く所ではどこでも、悲惨な結果とめんどうな問題があとを絶たない。
17
彼らは一度も心の安らぎを感じたことがなく、神の祝福を味わったこともない」―― 【聖書:イザヤ書59:7-8より引用】
18
「🎼神への敬意も 厳粛げんしゅくも、彼らにはない」―― 【聖書:詩篇36:1より引用】
19
そんなわけで、神のさばきが、ユダヤ人に重々しくのしかかっている。なぜなら、彼らは神の掟を守る責任があるのに、守らず、こうした悪事にふけっているからだ。彼らのうち、1人として、申し開きのできる者はいない。事実、全世界が全能の神の前に 沈黙ちんもくして立ち、有罪の宣告を受けているのだ。
20
さて、もうわかっただろうか? 掟の命じることを実行し、神に正しい者と認められようとしても無駄なあがき。私たちが神の掟を知れば知るほど、自分がどれだけ守れておらず、ダメなのかが明らかになるだけだからだ。神の掟はただ、私たちの自己中さを自覚させる。
21
しかし今や、父なる神がその家族に受け入れるための別の方法を示し、その善良さと義理堅さを示した。その新しい道は、善人になり、神に認められるための「神の掟を守る根性道」ではない。とは言っても、この掟や預言者がこの道を指し示したのだが。
22
神が善良で義理堅いことは、イエス・ 救世主キリストを信頼することで明らかになった。どこの誰であろうと、救世主キリストを信じ抜くものは救われるのだ。
23
そう、すべての人は過ちを犯し、神の輝かしい標準にほど遠い存在だ。
24
もし私たちがイエス・ 救世主キリストを信じきるなら、神の恵みで私たちを“潔白”と宣言してくれる。このイエス・ 救世主キリストが、無償で私たちの過ちを帳消しにしてくれるからだ。
25
神はイエス・ 救世主キリストを遣わし、永遠に過ちを犯し続ける奴隷の道から解放するための犠牲としてくれた。神は、私たちを解放するための手段として、イエスの血と私たちの神への信頼とを用いた。だから、それまでの時代に過ちを犯した者たちを罰せられなかったとしても、神は完全に公平であられたわけだ。イエスが来て神を拒絶する過ちから解放へと導く時を、神は待ち望んでいたからだ。
26
そして 今日こんにちでも、神はこの同じ方法で不完全な人を受け入れてくれる。イエスが彼らの過ちを帳消しにしてくれたからだ。しかし、このように、過ちを犯した者を 赦ゆるし、無罪を宣告するのは、神の公平なやり方に反するのではないだろうか? いや、そんなことはない! なぜなら、神がそうしてくれたのは、イエスが忠実だからであって、私たちがそれを信じた時に神が私たちの過ちを帳消しにしてくれるからだ。
27
それでは、救われるために、私たちユダヤ人は何か誇れるようなことをしただろうか? いいや、何もしていない。なぜか? 私たちはユダヤの掟を守ることで無罪にはなれるわけではないからだ。それはイエスが成し遂げてくれたことと、私たちが神に抱く信頼に基づいているのだ。
28
つまり、私たちの行い、またはすべての掟を守ることによってではなく、イエスへの信頼によって救われるのだ。
29
神はユダヤ人だけの神なのだろうか?なんともバカげた考えだ。もちろん、否。それ以外の外国人も、同じようにして神のもとに行ける。
30
神はすべての人を平等に扱う。ユダヤ人だろうと外国人だろうと、人はみな、神を信じとおすなら、無罪とされるのだ。
31
それでは、神を信頼することで済むなら聖書のことばに従う必要はないのか? むしろその逆。実際、私たちはイエスを信じきってこそ、ほんとうの意味で聖書の教えに従うことができるのだ!
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